雨。

夏至を過ぎた。

いつものことだが、これから陽が短くなるのだなと思うと、そこはかとなく寂しさが募ってくる。

昨日までは真夏日の暑さだったのに、今日は一転梅雨空の肌寒い日となった。時折強い雨が降る空模様となったこともあって、気持ちまで暗くなってきてしまう。

それでも、20時過ぎくらいまで山間に残照が認められたのは、少しうれしかった。

先日、NHKBSで、 早川千絵監督の「PLAN 75」が放映された。

評判になった作品だったので、是非とも観たいと思っていたのだけれども、劇場で観ることが叶わず、横浜からこちらに転居してからは周辺にレンタルビデオ屋もなく、いつかテレビで放映されることを待ち望んでいたのである。

前評判通り、非常に重い命題を有した映画だった。

建付けとしては近未来に起こるかもしれない世界を描いた一種の「SF」なのかもしれないが、むしろ非常にリアルで、もしかすれば現実の世界としてあり得るのではないかとの想いも強くさせられた。

超高齢化社会が進み、有権者の多くが高齢者となる中で、このような法案（施策）が実現するのか、そのあたりは疑問にも思うが、もしもそれを含めての構想なのであれば、ここで描かれている「７５歳以上」の高齢者自身が「安楽死」を望んでいるという前提なのだろう。

映画の中では、高齢者ゆえに仕事を突然失い、それに伴って住む場所を確保することも難しくなり、果ては炊き出しに頼って露命をつなぐという具合に、追い詰められていく高齢者を残酷なほど淡々と描く。

主人公の角谷ミチ（倍賞千恵子が好演）は、必死に生活していくための手段を模索するが、いずれも果たせず、「PLAN 75」に申し込まざるを得ないところまで、やはり追い詰められていく。

映画の冒頭、若者による高齢者の殺人と自殺が描かれ、それが「PLAN 75」成立の契機となっているかのような印象を受け、若者がこの施策を支持しているかのように思われるが、実際に「PLAN 75」の担当者となっている若者たちは、疑問と（最終的に高齢者をそこに追い込んだことについての）悲しみを抱いていた。

そこがこの映画の一つの救いのように感ぜられる。

ＳＦにありがちな驚天動地的展開はなく、しかし、描かれるいくつかの「事件」は非常に心に突き刺さった。

先にも書いたが、高齢者がこうした形での「安楽死」を望むという世界。それは畢竟、生きていても先の見通しが立たない、幸せな未来を思い描けない、という現実があるからなのだろうか。

なんだか、深沢七郎の楢山節考を思い出してしまったが、結局、社会がそういう方向で動いているということなのだろう。

悲惨な事件として取り上げられることが多いが、高齢者や障碍者を、その人を介護・支援している人（身内）が殺してしまうということ。

殺人を犯してしまった人が自ら供述したり、周囲がそれを忖度するなかで申し述べられるのは、（殺してしまった）相手方は、生きていても将来的に絶望するしかない不幸な未来しか待っていない、だから見るに見かねて、というものがある。

確かにそうした面は大いにあろうし、それが加害者に対する同情論にもつながっていたりする。

しかし、この同情論の中には、理不尽に命を奪われた人たちへの理解や、その思いに対する考察が決定的に欠けているのではないか。

憲法に謳われている「健康で文化的な」生活の範疇からはみ出してしまう残酷な哀しさ。そういう社会の現状こそが本来非常に大きな問題なのではなかろうか、とつくづく思う。

仮に国が、こうしたハンディを持った人たちに手厚い支援をしようとすると、「我々の税金をそんなところ（生産性のない社会のお荷物を救済する）に使うな」とか「自助努力が足りない」などという批判がネットなどにあふれかえったりする。

なんという哀しい国なのだろうか日本は！、と本当に暗澹たる気持ちにさせられる。

人は、生きていればいずれ高齢者になるわけだし、予期しないことで障碍者になる可能性も全く否定できない。

そういう未来を、こういう輩は全く想像できないということだろうか。その想像力のあまりの欠如に、私は絶望的な気持ちを抱かざるを得ない。

この映画は、ある意味での結末を、観客の想像力に任せているように思われた。

角谷ミチは、これからどうなるのか、

「PLAN 75」に申し込み最期を迎えた叔父を、せめて自分の手で見送りたいと車を猛スピードで走らせた岡部ヒロムはどうなるのか。

角谷ミチを安楽死にいざなう役目を負った成宮瑶子は、これからどのように生きるのか。

映画はすべてをそのまま投げ出して、観客にその後の顛末をゆだねているように思われた。

こうした映画は近頃かなりまれなので、この点でも深く感動したところである。

もうひとつ。

レミ・ブーバルの音楽は特筆すべき素晴らしさだった。

この映画の深遠である意味残酷な世界を、映像と拮抗する形で私たちの前に突きつけてきているような気がしている。